2025.12.11

南房総に根を下ろし、海と森に囲まれた環境で創作活動を続けるアーティストたち

カルチャー

東京をはじめ、さまざまな地域からの移住者が増えているという南房総市には、海と森に恵まれ、人との距離、自然との距離をほどよく保てる暮らしがあります。そんな環境のもと、素材と向き合い、作品を生み出す3人のアーティストたち。「創ること」と「生活」をひとつにした南房総での暮らしや、移住されたきっかけについて伺いました。


海が見える、そして東京との距離感がちょうどいいところが魅力
ガラス工芸家・内田守さん

京都府で生まれ、神奈川県藤沢市で育ち、その後、北陸や関東でガラス関係の仕事に従事され、2002年から南房総市和田町に工房『M.U.Glass』と住まいを構えた内田守(うちだ まもる)さん。
「海が近い藤沢で育ったこともありますし、仕事中は工房に引きこもりになるので、窓から海が見える所に工房を構えられたら、と思っていました。たまたまこの高台に土地を見つけ、海が一望できることが決め手となりました」
ガラスの作業には火と音は欠かせないもの。窯の熱や作動音、プロパンガスの設備などが伴うため、隣家との距離が必要だったと言います。
「隣家との距離もそうですが、東京との距離感も私にはちょうどいいです。妹が住んでいる藤沢へもアクアラインができてからは行きやすくなり、さまざまな行き来が生活と制作のリズムを乱さないことや、風通しのいい工房にできたことなど、気に入っている点は多いです」

移住者として地元の方への気配りも忘れていません。
「地域の人とのつながりを大切にしてきました。移住してくる人は、地元の人たちにとっては〝よそ者〟です。家や工房を建てる際には、できるだけ和田町の職人さんにお願いしましたし、子どものPTAは小・中学校ともやりました。自ら地域の活動に参加することで、自然と馴染むことができました」

フィリグラーナ(細いガラス線を編む技法)やムリーニ(色ガラス棒を断面模様に使う技法)を高度に組み合わせた内田さんの作品

取材協力:内田 守さん
M.U.Glass mu-glass@agate.plala.or.jp


ハイブリッドワークが生んだ、新しい移住のかたち

南房総市役所 企画財政課の押元大起(おしもと たいき)さんに移住者が増えている背景について伺いました。
「年齢や職種は関係なく、サーフィンが好きな人が移住するケースはかなり前からありましたが、コロナ禍をきっかけに流れが変わりました。東京で仕事を持っていても、リモートワークと週に数回の出社といった働き方が広がり〝毎日通勤しなくてもいいなら、自然のある場所に暮らしたい〟と考える人たちが増えているようです。実際、この3年間は市への移住相談も年間200件を超え、移住者の数も着実に増えています」
また、アーティストに人気がある理由については
「村上春樹作品の挿絵などでも知られるイラストレーターの安西水丸さんのゆかりの地が千倉であるように、自然豊かな環境が創作に役立つのか、南房総はアートと親和性の高い環境と感じています。近年では、海沿いの壁画プロジェクトなどをきっかけに、南房総市外から来たアーティストと地元の人たちが協働するケースも増えています」

壁画プロジェクトはイラストレーターの山口マオさんが中心となり制作された

取材協力:千葉県南房総市 総務部 企画財政課 地域振興係/押元 大起さん


鳥のさえずりや風の音…自然の環境が作品にぬくもりをもたらす
アイアン作家・吉田尚洋さん

2011年の震災を契機に、移住を決めたというアイアン作家・吉田尚洋(よしだ たかひろ)さん。吉田さんは東京都目黒区の出身ですが、高校生の頃から「ここではないな」という違和感があったと言います。武蔵野美術大学で鉄造形の基礎を学んだのち、モロッコや東アフリカへの一人旅の体験をしたことで、その感覚がより強くなっていったのだとか。
「震災と自身の退職時期が重なり〝移住するなら今しかない〟と思い立ち、長野県と千葉県を中心に物件を探し回りました。現在の物件を初めて見に来た時は、ひどい状態でしたが、ときどき義父にも手伝っていただきながら、妻と1年かけて直しました。設計図はなく、その都度ホームセンターに行って資材を買い、フローリングを貼り、壁を塗る。少しずつ形にしていったのです」

古民家の梁を生かし、アイアン家具やブランコが置かれたリビング。展示スペースとしても活用

『鉄工房 khadi works』と住まいを構え、新しい暮らしが始まりました。
「移住して感じたのは、地域とのつながりです。畑で採れた野菜を交換したり、うちのニワトリが産んだ卵をおすそ分けしたり。そんなやりとりの中で、自然と顔がつながっていきました。娘が生まれたのも移住後で、今は小学4年生。のびのび育ってほしいという思いも、この地を選んだ理由のひとつです。地元ではクラフト作家さんや木工の方とも交流があり、ふるさと納税の返礼品でコラボすることも。地域の人たちと作り手が一緒に場をつくる動きも少しずつ広がっています」

アトリエで鉄を熱し、作品を成形する吉田さん。火と金属に向き合う真剣な表情が印象的

鉄の枝葉を組み上げたウォールオブジェタイプのクリスマスツリーも吉田さんの作品

創作活動への考え方に変化はあるのでしょうか。
「都会は騒がしく、どうしても作品に雑念が入ってしまいます。ここでは鳥のさえずりや風の音を聞きながら、自然なリズムで手を動かせる。そこから着想を得た作品は都会でのものとはまったく異なります」

木と鉄を組み合わせたシンプルなデスクとチェア。実用性の中に静かな存在感が宿る

取材協力:吉田 尚洋さん
鉄工房 khadi works khadiworks@gmail.com


生まれ育った地に戻るように移住し、陶芸制作と家族との時間を両立
陶芸家・志村和晃さん

館山市出身の陶芸家・志村和晃(しむら かずあき)さんは、京都で陶芸を学び、石川、益子での修業を経て独立。2021年に南房総市丸山地区に拠点を移し、工房『awankiln』と住まいを構え、ご家族と共に暮らしています。そこに至るまでどんな時間を経て移住を決意されたのでしょうか。
「陶芸家として独立してから館山に窯を持ちましたが、当時は住まいのあった船橋を拠点に、妻は東京へ通勤、私は館山の工房に通う生活で、時間的・体力的な負担が大きくなっていたんです。同じ敷地内に住まいと工房を構えたかったことと、土地勘もあったのでこちらに決めました」

志村さんの作品は、石川県の九谷焼の産地で学んだ経験をもとに、白くやわらかな土を使った器が中心。
「環境は変わっても、作品自体は大きくは変わっていません。今も石川から土を取り寄せていますから。変化したのは時間の流れ方。工房と住まいが近くなり、より自然なペースで制作に向き合えるようになりました」
Uターン的な移住をして、改めて魅力を伺うと
「南房総は広くて、家と家、人と自然が近過ぎない。車で10分も走れば海にも出られますし、すべてがちょうどいい距離です。制作と家族の時間を無理なく行き来できるので、暮らしにゆとりが生まれました。それに、南房総の学校給食は地元で採れたお米を使っていて、美味しいことを以前から知っていたので、子どもをこの地域の小学校に通わせることができたのもよかったですね」

焼成前の器が整然と並ぶ棚。制作の途中段階ながら、形の端正さと手仕事の温もりが伝わる

焼き上がった器たち。九谷焼の白土に淡い釉薬が重なり、やわらかな光を受けて静かに佇む

取材協力:志村 和晃さん
awankiln kz.shimura0079@gmail.com


「好きだから、この地で暮らす」——その思いが地域を育てていく

生活と創作を地続きにしながら、自分らしいペースで生きる人たちが少しずつ増えている南房総。この地で暮らす人々の背景には、地域の理解と支援の仕組みがあります。

「南房総市の支援は、単なる移住者への補助金施策ではありません。南房総が好きで、この土地でやりたいことがある人を後押しするための制度です。住まいや起業の助成など、目的を持って行動する人に必要なサポートを行っています。補助金が目的ではなく、地域とともに暮らしをつくる——そうした人たちを歓迎しています」と語るのは、南房総市役所 企画財政課の押元さん。

南房総の豊かな環境のもと、日々の暮らしと創作が重なり合う。「この地で暮らしたい」と南房総を選ぶ人たちが、新しい物語を紡いでいます。


南房総市移住・定住情報サイト/七色の自然に暮らす
HP:https://www.minamibosocity-iju.jp/

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