2025.10.14
カルチャー / グルメ
千葉県はさつまいもの産出額が全国3位。江戸時地代に関東地方で初めて栽培に成功したという歴史があるそうで、現在も「紅あずま」や「紅はるか」、「シルクスイート」をはじめとした人気品種が北総地域を中心に盛んに育てられています。
香取市で江戸時代から続く「株式会社 さつまいもの石田農園」の「金蜜芋」もそのひとつ。糖度70を超えるという金蜜芋は、ブランドさつまいもとして有名スーパーや百貨店のバイヤーからも注目される一品です。
歴史的建造物と美しい町並みが残る観光地「佐原」に蜜芋洋菓子店「金蜜堂」を開くなど、生産から加工、販売までを一貫して行い、さつまいもの新しい価値と体験を提供している石田農園の石田湧大さんに、金蜜芋づくりへの情熱を伺いました。
門と居住機能が一体化した「長屋門」。かつては倉庫や使用人の住まう場所だった。200年の歴史を誇る石田農園ならではの建造物。
「株式会社 さつまいもの石田農園」の石田湧大さん。
8~11月はさつまいもの収穫期。2~4月に育苗した40万本におよぶ苗は、春から初夏にかけて1本ずつ手で植えられていきます。ひとつの苗に3~10本のさつまいもがなり、数百万本(約400t)の収穫量になるそうです。収穫したさつまいもは、泥を落としてサイズごとに分別。毛や芽をとり、ひげの部分を切り分けた“生”状態で出荷するさつまいも以外は、甘く熟成させるために貯蔵庫へと運び寝かせます。
石田「さつまいもは、ひと房に大きい芋と小さい芋ができて、なかなかサイズが揃いません。均等なサイズを安定して収穫できるのが理想なので、そのための肥料づくりから土壌改良、苗の植え方や世話の仕方、熟成方法まで約2年の歳月をかけて調整します。毎年、翌年の二作目を考えながらの試行錯誤です」
約65,000坪の敷地に広がるさつまいも畑。40万本の苗を50カ所の畑に分けて植える。
赤っぽい茎が元苗の部分。植え付けは苗を“ふわっ”と押す感覚で埋めるなど、デリケートな作業になるため機械化はできない。
洗浄したさつまいも。ここから出荷用と加工品用に選別をする。
小サイズのさつまいもは袋に小分けして焼芋として販売、大サイズは芋菓子屋などに出荷されます。サイズやカタチが悪すぎる芋はペースト状などに加工して出荷されますが、全体の1%と圧倒的に需要が少ないそう。それでも400tのうちの4tとはたいした量です。
ひげが残っている状態。これを切り落として出荷する。
サイズごとに分けられたさつまいも。
さつまいもが狙った甘さに育っているか否かは焼いてみないと分かりません。そのため一般的にさつまいも農家では、台所で調理をして出来上がりを確かめることが多いそうです。
石田「さつまいもは200度ぐらいの温度で90~120分かけて焼かないと、本当に美味しい状態にはならないんです。より正確な味見をするために焼芋にするわけですが、熟成させるのに1~2ヶ月くらいかかるため、収穫したさつまいもが美味しいか否かの答え合わせは12月になります」
個々の農家が台所で調理した味が基準になっているため、今に至るまで、さつまいもの美味しさを表す共通スペックが存在しなかったそう。石田さんが取引先やバイヤーに芋の状態を説明するために金蜜芋の糖度を測ったところ、焼芋は糖度50以上で、さらに水分を飛ばした干芋は糖度70以上だったそうです。
夏季限定 金蜜芋「夏 プレミアム」。常温で保管できる焼芋として販売。冷たいままでもしっかりとした甘みを感じられる。
土手をくり抜いてつくられた「横穴式貯蔵庫」。エアコンなしで夏涼しく冬暖かい。
湿度が50~60%に保たれ、適度な温度変化があるため、早めに熟成させたい芋はここで寝かせる。
さつまいもが食料として本格的に普及したのは江戸時代。徳川吉宗の命を受けた蘭学者の青木昆陽が、試験栽培地として目星をつけたのが千葉県の幕張市や九十九里町あたりでした。現在では香取市をはじめとした関東ローム層の土壌をもつ北総地域が、県内屈指のさつまいもの生産地となっています。
石田「この辺りは祖父の代からの農家が多いと聞いています。だいたい1,000軒くらいあるので、例えば害虫被害の情報共有が素早くできるなど、生産者のネットワークがしっかりしていて、栽培のノウハウが蓄積されているんですよ」
だからこそ「規模の大きな加工場や直売所があったらいいと思っていた」と石田さん。全国的にみても生産と加工の両方を行っているさつまいも農家はほとんどなく、石田農園の周辺には直売場もないそうです。
石田「加工場はフードロス削減の一環として必要だと思っていて。例えば20㎏を出荷するとして、1本500gのさつまいもと1本50gのさつまいもでは出荷する本数が10倍かわってきますよね。さらに小サイズのさつまいもの毛や芽をとる手間や人件費はより掛かることになり、逆に小さな芋は同じ分量でも40%ほど売値が安くなり赤字になってしまう。採算も合わず手間もかかるため、小さい芋は規格外として捨てる農家さんもいて、そこがフードロスになるわけです。そういった規格外のさつまいもを加工して出荷できるといいですよね」
石田「フードロスを減らす方法のひとつとして金蜜堂を始めました。以前からお客様や地域の方々とコミュケーションが取れる場も欲しいと思っていたし、金蜜芋の美味しさを知ってもらう場としてカフェはちょうどいいと感じました」
金蜜芋と他の食材の組み合わせを楽しむのが金蜜堂のコンセプト。「味噌やチーズ、苺やフランボワーズにベリー、ジェラートなど、金蜜芋を通じてさつまいもの食体験をしてもらいたい」と石田さん。“なぜ美味しいのか“を説明できるよう、スイーツやドリンクメニューなどすべて農園スタッフが作っているそうです。
蜜芋洋菓子店「金蜜堂」。小野川沿いには築100年を超える商家や町屋などが軒を連ねる。
期間限定。「金蜜芋とベリーのアイスパフェ。(13種のパーツ)」
「焼き菓子2種の食べ比べ モンブランクリーム添え」
石田「カフェを農園に併設せずに佐原に構えた理由は、金蜜堂と金蜜芋をきっかけに、千葉のさつまいもとの新しい出会いをしてもらいたかったからです。人が観光地に遊びにくる時って、いつもより食の感度が高い状態だと思う。観光した楽しい体験とともに『千葉県のさつまいもって美味しいよね!』と金蜜芋の味と名前を憶えてもらえる。それはさつまいものイメージ向上にも繋がると考えたんです」
石田「3人兄弟の長男ですが、農家が嫌いで継ぐとは考えてかったです。僕、ずっと陸上競技をやっていて、小学生のときには本気でオリンピックに出たいと思っていました。毎朝5時前に起きて自転車で12km走って、朝練やって授業受けて、夜は21時まで練習して自転車で走って家に帰る。高校3年間、自分なりに試行錯誤したのですが…」
ついやした時間と努力は人一倍。しかし指導者に巡り合えず、自己流では成績も伸び悩む結果に。「努力なんて無駄だ」ともやもやした日々を送るなか、とあるテレビ番組をきっかけに農業の道へ。サラリーマンからレタス農家へと転身し成功を収めた、農業法人の創業者の物語に感動した石田さんは、番組の出演者に電話。会いたい旨を伝えると「君みたいな高校生はなかなかいないから、僕も会いたいからおいで」と快諾を得て、家族とともに長野県まで訪ねていきます。
石田「当時の石田農園は、家族と親戚と5人体制。耕作面積は他の農家さんより広く、休みなしで働いていました。なのに、その方が親父にむかって『あなたみたいな農家の人がいるから、日本の農業はダメになる』って言われて、めちゃくちゃムカついて。『じゃあ、あんたを超えるためにはどうしたらいいんだよ!!』って、まくしたてちゃって…」
その時、その方は「農業をすぐはじめないで、自分だけの経験やノウハウをもった状態ではじめなさい」と助言してくれたそうで、その後、石田さんは東京の大学で学び、人材系の会社を経て大手PR会社に転職。PR業だけでなく、メールの書き方や見積り、営業や商談の仕方などビジネスの基礎を叩き込まれます。
石田「名刺を配ったり飛込訪問したり、アポ電したり。営業をする農家って少ないんですよ。だから僕みたいな生産者から熱く営業されると珍しいからかバイヤーの方は興味を示して下さる。そこで人脈が広がっていきました」
金蜜芋を最初にブランドとして出したのが2022年の9月。それ以前から取引のあった「紀ノ国屋スーパー」にプレゼンしたところ好評を得て、全国40店舗で金蜜芋を使ったスイーツが販売開始するなど金蜜芋は順調なスタートを切ります。もちろん、金蜜芋に関して値引き交渉などは一切ありません。
石田「そもそも農家の人には価格決定権がないんです。さつまいもって価値が低いものとされている。『市場で出回っている相場が200~300円、流通コストを考えると120~130円かな?』とか言われてしまう。そんななかで“金蜜芋だから高くて当たり前”として見てもらえるというのが、僕がやるべきことだと思っています」
石田「親父がさつまいもを作り、僕はブランドを作る。熟成させるのは僕の担当ですが、お客さまが金蜜芋を食べたときにガッカリしない味を出したいと、肥料設計して土壌を整えて生産量を管理するのが親父の仕事になります」
父親を生産者としてリスペクトしているという石田さんは、長野に行ったあの日から“親父を日本一のさつまいも生産者にしたい”という目標を持ち続けており、企業キャッチコピー“Artisan Sweet Potato”には”親父がつくるさつまいも“という意味が込められています。
石田「ブランドを育てるって、言うほど簡単じゃない。失敗もたくさんするし、僕だけが志が高くてもダメです。今では素晴らしいスタッフたちに囲まれ、レシピ、デザイン、PRも相談できる人たちと繋がっている。陸上競技に夢中になっていた時代に何でも自己流でやって、空回りした失敗は大切な教訓ですよね」
いずれは銀座や鎌倉、軽井沢など国内の有名観光地に金蜜堂を出店して全国展開させたい目標もあるそうで、石田農園が全国的に浸透したあかつきには、現在の社名「株式会社 さつまいもの石田農園」の“さつまいも”をとろうと考えてます。千葉発、美味しいさつまいも=石田農園という日が来るのも近いのかも知れません。
株式会社さつまいもの石田農園
千葉県香取市荒北876
HP:https://ishidanouen.com/