2025.08.04

荒廃杉を活かした小さなビール醸造所
長柄町「木こりんブルワリー」

カルチャー / グルメ

設計から建築まで家をまるごとつくる「セルフビルド」。自らの手でこだわりのマイホームを建てる夢を叶えるため、都心から房総へと移住する人も増えているそうです。木こりの井上源太郎さんは、そんなセルフビルドの先駆者。里山の荒廃杉を活用して建てたビール醸造所「ながら木こりんブルワリー」(長生郡 長柄町)を運営しています。

町の名物になるような地ビールと地域の人に愛されるレストランをつくりたいとオープンした「ながら木こりんブルワリー」。今回は井上源太郎さんと醸造責任者でシェフの安島ちはるさんに、セルフビルダーになったきっかけやクラフトビールづくりにかける想いなどを伺いました。

ビール醸造所とカフェレストランが併設された「ながら木こりんブルワリー」。


クラフトビールで町おこし

木こりの井上源太郎さん。映像会社やカフェレストランの経営、セルフビルダーなど多彩な顔をもつ。

井上「僕が木こりになったのは10年ほど前。千葉大学とNPOが組んだ林業プロジェクトの広報を担当したことがきっかけです。やるからにはチェンソーくらい扱えなければとはじめたのですが、これが新鮮な体験で面白くて」

伐採された荒廃杉は農家の加温機につかう薪などとして再利用されますが、なかには木材として活用できそうな杉もあり、井上さんは、そのような杉を家具や建築資材に加工し、ログハウスを建てることを思いつきます。

ポスト&ビームというログハウスの工法でセルフビルドしたという自宅。

井上「“セルフビルド”というと小屋をつくる程度のイメージかも知れませんが、父がログハウスの仕事をしていたもので木材には馴染みがあり、いつかは僕も建ててみたくて。知り合いのログビルダーさんに協力していただき5年ほどかけて新茂原に自宅をつくりました」

実は井上さんは、銀座の「マキシム・ド・パリ」をプロデュースした花田美奈子氏が立ち上げたマクロビレストラン「カフェ ハナダ・ロッソ」を引き継いで経営していた経歴の持ち主。その「カフェ ハナダ・ロッソ」でシェフを勤めていたのが安島さんです。

醸造責任者でシェフの安島ちはるさん。ビルダーとしてブルワリー建設にも参加している。

安島「ハナダ・ロッソで提供するオーガニック野菜などを長柄の周辺で調達していた関係で、長柄には馴染みがありました。井上が茂原で家をつくっているということで見学がてらよったのですが、これが何だか面白そうで。手伝い始めたら本格的にビルダーを目指したくなり、東金市の職業訓練校に通って在来工法を学びました。ブルワリーの隣が私の自宅、その隣にあるのがウェブメディアのコラボ企画で4年かけて女性中心でセルフビルドした家です。このブルワリーの建物は、その時に、資材置き場とトイレとして利用していた小屋で壊す予定でしたが、だんだん、もったいないと思いはじめて」

井上「ちょうどコロナ禍の影響で従来の飲食店経営から転換を余儀なくされるタイミングだったので、ならば以前からやってみたかったビール工場兼カフェレストランとして、この小屋を再利用しようと仲間と建てはじめました。ビールづくりについては、縁あって以前、別のプロジェクトでご一緒した元「銀河高原ビール」の醸造家、柴田信一さんが指導してくださることになりました」


ビールづくりのノウハウ

ビールづくりの基本は麦。まずは麦芽(モルト)を粉砕することからはじまります。粉砕された麦芽は、糖化工程に適したPhにするために温水とまぜ、タンパク質の分解やアミノ酸を抽出しやすい温度帯に段階的に温度を上げ、最終的に煮詰め、狙いの糖度にしたところでホップを投入します。

井上「苦味を強くしたいならホップを長く煮出し、香りを強くしたいなら時間は少な目に…といった具合に調節しますが、この匙加減がなかなか難しくて。味を模索している状態ですが、逆に味の変化もクラフトビールならではの醍醐味かなと思います」

右から「小麦麦芽」「ピルスナー麦芽」「焙煎した麦芽」。麦芽は5~6種類あり配合を変えてビールの色や味などレシピを決める。

季節やタンクごとに、できあがったビールの味や色が少しずつ異なるのも小さなブルワリーならではの魅力。

できた麦汁は冷却しながらタンクに移動させ、酵母を入れ発酵させます。発酵が進むと糖分はアルコールと炭酸ガスに分解されていきますが、この炭酸ガスを適切なタイミングで抜く作業を丁寧に行うことで初期発酵時の炭酸ガスによる臭味や苦味などを除くことができます。そして、狙った比重に来たタイミングで炭酸ガスを封じ込めます。

安島「ガスを封じ込めるタイミングがいつやってくるかは酵母のみぞ知るというか。へたしたら夜中の12時かも知れないので泊まり込みも辞さないんです」

井上「柴田さんは麦汁の比重や糖度、PH、温度、圧力などの数字を見ればタンクのなかのビールがどういう状態か分かるので、数字を見てアドバイスをくださいます。柴田さん曰く、酵母が相手なので「人間の都合ではなく、酵母の都合で動いてください」と(笑)」

炭酸ガスが出終わると発酵が終わった合図。そこからエールビールは1ヶ月ほど寝かせ、
さらにラガービールは3ヶ月くらい寝かせて熟成させるそうです。

井上「寝かせば寝かすほどタンクのなかに舞っているオリが底に下りて来てクリアなビールになってきます。もっとタンクが増えたらラガーもつくっていきたいですが、実働部隊は我々ふたりなので。木こりもやって家も建てて東京にも通って(笑)、やりたいことが多くて時間がたりません」

レストランのテーブルには窯の輸入時に養生に使われていた木枠、棚などの内装には荒廃杉が利用されている。


伝統的なドイツビールの良さ

井上「ビールって色も味も豊富で柑橘系やチョコレート、コーヒー味もある。そのバラエティーの豊かさや味の深さは他のお酒にないと思っています。流行は、ホップを強く効かせ香と苦味を楽しむIPAというアメリカンスタイルで、ガツンとくる味なので、そこからクラフトビールにハマる人も多いです。でも、僕がやりたいのは伝統的なドイツビールなんです」

そのため「木こりん」ではコクがありながらも飲みやすいアルトビール推し。「普段はビールを飲まれないけどスルスル飲めるね」というお客様もいるそうで、自然に出た炭酸ガスを封じ込める努力をしています。

タンクのなかで自然にでる炭酸はキメが細かく飲みやすい。テラスでのんびり昼間から飲む一杯は格別だ。

右から順に、ドイツ発祥の「アルト」と「ヴァイツェン」、イギリス発祥の「ペールエール」。

メニュー表では提供される料理と相性の良いビールを紹介。※レストランは土日限定でランチのみの営業。完全予約制。

「千葉県産猪肉を木こりんのビール煮込」千葉県産の旬の野菜を使った前菜とデザートがついてくる。

千葉県産の猪肉を挟んだ「木こりのごほうびバーガーコース旬菜のグリル添え」。こちらも前菜とデザート付き。

安島「ちなみに冬季限定販売のスタウトはコーヒーのような香りや苦味が特徴で、アイスにかけてアフォガードのように楽しむのもおススメ。試作したところバニラよりもチョコレートアイスと相性いいと感じました。アメリカンチェリーみたいな味になって面白いんですよ。ペールエールは万能。幅広い料理にあいます。ヴァイツェンは小麦麦芽を使っているので、ピザなど小麦をつかった料理や脂料理とも相性がいいです。アルトはコクがあるビールなので煮込み料理など、こってり系があわせやすいかな」

そんな「木こりん」ブルワリーの各種ビールはリソルの森内のトリニティショップ、グランヴォーショップでもお買い求めいただけます。


ジビエも自らの手で仕留めたものを

安島「今後はジビエも自ら狩りに行こうと思っています。今は近郊の食肉処理場から仕入れていますが、加工場がないとご提供できないので、それもつくらなければいけません。鹿を捕まえて捌いたことあるのですが、猪などは女性ひとりでは大変かもしれません。狩猟チームを作ってみるのもいいなと思っています」

安島「それから、レストランを開かない平日には、荒廃杉を使ったワークショップなどを開催したら面白いかなと思っています。例えば、杉で木皿をつくってもらい、参加者には実際にそのお皿で料理を提供するのとかいいですよね。特に地域のお子さんを対象に、木材のクラフト教室を夏休み限定開催するなど、もっと、さまざまなカタチで地元と繋がっていけたらと思っています」


ながら木こりんブルワリー
千葉県長生郡長柄町徳増416-3
https://kicorin-b.com/

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