2024.04.11

良い酒造りは良い土壌から。
神崎町発、世界が認める蔵元「寺田本家」

カルチャー / グルメ

寺田本家の先祖は、江戸時代の1673〜81年(延宝年間)に、滋賀の近江より千葉県神崎町に蔵を移しました。1980年代に自然酒造りに取り組み始め、以来、より自然なお酒とは何かを問い続けています。

寺田本家のシンボル。老朽化により以前の高さの1/3の長さに補修改装された。

以前は機械に頼るオートメーション化された酒造りをしていましたが、先代の寺田啓佐氏が病を患ったことが転機となり自然な酒づくりに回帰。酒が「百薬の長」といわれている由縁を見直し、無添加・無農薬にこだわった「五人娘」をつくり上げます。

そして、今、先代の想いを引きついで自然酒造りを伝えているのが寺田本家24代目で杜氏の寺田優さん。発酵の里「神崎」の豊かな自然とともに、徹底的に手作りにこだわった日本酒造りを行っています。

第24代目当主 寺田 優さん。


均一の味を求めるのでなく、できたままをお届けする

寺田「僕が跡目を継ぐまで寺田本家は経営が主で、現場は岩手の南部杜氏さんがいらして仕込んでいました。ちょうどご高齢で来年から来られないというタイミングで世代交代というか、僕も含めて30歳前後のスタッフが酒造りを任されることになったんです。当時はデジタル化が進んだ時代でしたが、一方でクラフトやオーガニックなど、モノづくりの本質を見直そうといった機運もあり、思い切って、菌づくりから仕込みにいたるすべての工程を手作業に切り替えたのが20年ほど前です」

蔵には寺田本家の歴史と神崎の風土が育てた菌たちが住み着いており、玄米を蒸して椿の灰をまぶしたものを蔵に置いておくと、蔵付きの「麹菌」がやってきて自然繁殖するそうです。その麹菌を採取し培養していきます。

麹菌は温度・湿度を調節できる「麹室(こうじむろ)」で育てる。写真は「床」のなかの蒸米。

「種麹」(緑色の部分が麹菌)。出来上がった麹菌は専門業者に検査を依頼し安全性などを確認する。

寺田「麹菌や乳酸菌、酵母菌…すべての工程を蔵に住んでいる菌の力で発酵させている蔵元は少ないと思います。おかげで味は一般的な日本酒からはほど遠い、クセの強いものになりましたが、それを含めて他にはない個性です」

その年により、どの菌が優勢になるのかは仕込んでみないと分かりません。ワインのように製造年やタンクごとに味わいがゆらぐため、自然発酵にきりかえた当初は「毎回味が違う」とお客様からお叱りもうけたそう。それでも「欲しいと思ってくださる方に買っていただける、ここでしかつくれないお酒を楽しんでつくりたい。その気持ちがモノづくりの原点だから」と寺田さんは話します。

やがて徐々に口コミが広がっていき、2006年頃から始めた蔵開きの祭り「お蔵フェスタ」では、500~1,000人だった参加者が10,000人、20,000人と回を重ねるごとに増え続け、今では町を巻き込んだイベントに発展。寺田本家と縁のある農家や飲食店の露店が100件以上並び盛り上がるそうです。


日本酒造りの工程

日本酒造りは、米の表面を磨き「精米」した酒米を蒸して「蒸米」にすることから始まります。この蒸米は麹をつくる「製麹」と、酒の元となる「酒母」や「醪(もろみ)」の仕込みなどに使われ、銘柄により使う量や冷ます温度を変えていきます。

甑(こしき)の底に小さな穴があり、沸騰した釜からの蒸気で酒米を蒸す「甑とり」の作業。
甑のなかには多いときで1tほどの量が入っている。

蒸された酒米を取り出す。桶一杯が10kgと重い。

蒸し上がった酒米は100℃を超える。もうもうと湯気がたつなか、蒸し上がった酒米を広げて、温度計で測りながら指定された温度まで冷ます。

麹・水・蒸米を混ぜてつくられる「酒母」は、アルコール発酵に欠かせない酵母菌を育てる文字通り“酒の母”。杜氏たちは「酛摺り唄(もとすりうた)」という唄を唄いながら、ドロドロの液体状になるまで摺り下ろし、約30~50日かけて自然発酵によって酒母をつくります。唄は15番まであり精米歩合の具合で何番まで唄うか決まっているそうです。

酒母づくりにはいくつか方法があり、乳酸を添加した酒母造りを「速醸酛(そくじょうもと)」、添加せず蔵にすむ乳酸菌を育て使う製法を「生酛(きもと)」と呼び、寺田本家では何も添加することなく、藏人たちは、菌たちが働きやすい場を整えながら、力強い酵母が育つのを待ちます。

お酒が飲めなかった先代が子供や下戸でも楽しめる飲み物として、発酵しはじめの酒母を味見してできたのが「うふふのモト」。まだアルコールが発生しておらず、糖化が始まったばかりのため、ほんのりと甘くヨーグルトのもとのような酸味がある。

やがて酵母が増え安定してくると「酒母」を「醪タンク(もろみたんく)」へ移し、再び蒸米や麹、水とまぜ「醪」の仕込みに入ります。醪は「添・仲・留」の3回に分けて仕込まれ(三段仕込み)、醪タンクのなかで発酵が進められます。3回に分けるのは、醪をゆっくりと発酵させるためです。

醪を入れた酒袋を何層にも重ねて押し蓋をして、重しと板をのせてプレスする「槽搾り(ふなしぼり)」。

発酵した醪を濾したものが清酒です。「五人娘」「香取」など生産量の多い銘柄は「ヤブタ」という大きな搾り機で搾り、「醍醐のしずく」「むすひ」などの少量の銘柄は、「槽搾り(ふなしぼり)」という昔ながらの方法で搾っています。

すっきりで華やかな味わいの「五人娘」。「香取」は力強く重め、どっしりとした味。


パタゴニア プロビジョンズオリジナル自然酒を醸造

酒造りは「味わいも大切ですが、どういう過程で造られたものなのか? そこに目をつむっていてはいけないと思うんです」と寺田さん。つくる環境や生活も変えていきたいと100%再生可能エネルギーを使った酒造りを目指しています。

寺田「電力はソーラーシェアリングの再生エネルギーを利用していますが、今だ、お米を蒸すためのボイラーは重油です。むかしは薪を焚いていて、深夜2時から点火しはじめて、沸騰するのが早朝5時頃だったそうです。大変そうですが、復活させてみたいですよね」

そんな酒造りの姿勢に共感しラブコールしてきたのが、2012年にスタートした世界的アウトドア企業「パタゴニア」の食品事業「パタゴニア プロビジョンズ」です。2021年には初の日本発製品として「自然酒 五人娘」がアメリカで発売されています。

寺田「以前からパタゴニアさんは環境再生型有機農業(リジェネラティブ・オーガニック)をコンセプトとしたビール製造などされていたのですが、ワインや日本酒など各地域の土地と密接に結びついた発酵文化に興味があったようで、たまたま、アメリカでナチュラルワインの卸をされている方がうちを紹介してくださったのがご縁です」

2022年12月に新発売された、寺田本家が醸したパタゴニア プロビジョンズオリジナル自然酒「繁土」。
銘柄には“豊かな自然と手仕事へのメッセージ”が込められている。

寺田本家では日本酒の大本である米作りにも拘っており、かつて千葉県で育てられていた在来種のお米「千葉錦」や「亀の尾」、「中生神力」といった品種を10年以上育てています。自らが稲作をして水田を維持することで守れる生態系があること。その生態系が良い土中環境の循環を生み、水脈が整い、良い酒が生まれるのです。

寺田「ワイン=ワイナリー(風景)じゃないですか? 同じように里山や町並みもふくめて、国内外のお客様が行きたいと思っていただける環境にしなければならないと思っています。神崎は特に観光地ではないですが、嬉しいことに日本の発酵文化や歴史に興味がある方が訪ねて来てくださるんです」

前出の写真で作業をしていた女性。発酵食品に興味があるというスイス人で、日本旅行に来たついでに酒造りに飛び込みで参加していたそうだ。

「それにキレイな水が自然に湧くところって世界的にみてそんなに多くないですよね。」と寺田さん。寺田本家の敷地内の井戸には、蔵の裏手にある神崎神社の鎮守の森が蓄えてくれた水がこんこんと湧いています。

寺田本家にある井戸。2か所ある。

神崎神社には“なんじゃもんじゃの木”というご神木(楠)が根を張っている。

寺田「そんな貴重な資源である水が湧いている。ご先祖様がここに蔵をたてて、神社があることで山が守られて、昔からの人々の想いがあって寺田本家の今はあるんです。僕らは、それを残すことがプライオリティ。お酒造りとともに、素晴らしい里山の環境と発酵文化を未来へ継続させていくことが大切だと思いっています。」

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