2024.01.25

若い世代が紡ぐ朝市の伝統と文化。
日本三大朝市「勝浦朝市」のにぎわい(前編)

カルチャー / グルメ

観測史上いちども35℃以上を記録したことがなく、猛暑日とは無縁の町として注目を集めている勝浦市。その涼しさは、陸から10㎞ほどの沖で、約200mと急激に深くなっている海底の冷たい海水が風にのり運ばれるためです。

沿岸には金目鯛、鰹、サザエ、アワビ、伊勢海老などが水上げされる豊かな漁港が12ヶ所もあり、日本三大朝市の一つとされる「勝浦朝市」には、地元住民をはじめ市内外から多くの人が新鮮な食材を求めて訪れます。


魚と野菜の物々交換がはじまり

勝浦朝市は、豊臣秀吉政権下の1591年(天正19年)頃、勝浦城主であった植村土佐守泰忠の奨励により、農家と漁師が農作物と水産物を物々交換する場としてはじまったとされており、実に430年以上の歴史があります。

現在は水曜日が定休日。1~15日までを「下本町通り」、16日~月末までを「仲本町通り」と分けて開催しており、土曜日や休日ともなれば40~50店舗が軒を連ね、食べ歩きやお散歩がてらペットを連れて朝市巡りを楽しむ観光客でにぎわいます。

2019年からは新たに、毎月第2日曜日を「マルシェの日」として、勝浦朝市を体験できる機会をもうけています。2021年からは第4日曜日も開催日となり、現在は15店舗ほどが出店しているそうです。

勝浦市外からの応募も多く、マルシェ参加を機に朝市への出店を決める人もいるそう。最近では屋台やハンドメイドの雑貨店なども増え、SNSを見た若い世代が多く訪れるようになりいつもの朝市とはまた違った楽しさがあります。

そんな勝浦朝市のなかで、ひときわ異彩をはなつ存在が自転車屋台で煎れるコーヒー専門店「SPAiCE COFFEE(スパイス・コーヒー)」の紺野雄平さん。地元住民から旅行者まで、紺野さんの煎れたコーヒーを求めて朝市を訪れる人は少なくありません。

「SPAiCE COFFEE」の紺野雄平さん。午前6時過ぎくらいから屋台に立ち続ける。


朝の身体に染みるコーヒーの味

きっかけは就職活動中。当時、勝浦にほど近い大学に通っていた紺野さんは「22年の人生経験ではやりたいことを決められない」と内定を辞退。学生が気軽に集まれる場がなかった勝浦に、人が集い出会えるカフェをつくりたいと考えます。店名の「SPAiCE COFFEE」には、このスペース(場)と刺激という意味が込められているそうです。

紺野「資金も技術も経験もない僕でも、自転車屋台なら始められるかなと思いました。どこか普通じゃないことに挑戦してみたかったんですね。勝浦で何を生み出すことができるのか、ゼロから自由にやってみようと思いました」

一見、無鉄砲にも聞こえるその目標とモチベーションの根底には、紺野さんの地元、福島での震災体験があります。

紺野「大学に入りたての頃に東日本大震災が起きて、僕が通っていた高校が避難所になりました。何か力になれるはずと帰えったのですが…できることなんか何もなくて、無力感がつのりました。そのときの記憶が、“やりたいことを、ちゃんとやろう。生きているんだから”という気を起こさせてくれます」

日々、自転車屋台を引いて朝市に立つこと9年。いつしか勝浦朝市のレギュラーとして知られるようになり、朝市で出会った4人の仲間とともに、市内に路面店「SPAiCE COFFEE HOUSE」を開店し運営するまでになりました。

「SPAiCE COFFEE HOUSE(スパイス・コーヒー・ハウス)」(勝浦市勝浦)

コーヒー豆の焙煎を手がける齋藤さん(左)と鈴木さん(右)。センスのいいオシャレな店内は、内装や照明も自分達がデザインした。

朝市では、朝の風景からストーリーを想像してブレンドした「朝市ブレンド」(本日のコーヒー)を出しており、季節や豆の状態をみて配合を変えるなどの工夫をしています。一方、店舗では、豆の風味が活かされたシングルコーヒーやエスプレッソ、カフェラテやカフェモカなどを販売。紺野さんのフィーリングで自由に煎れる朝市のコーヒーとは違った魅力があります。

朝市のみで販売するアジア産の豆を使った「朝市ブレンド」。勝浦港を通じて豆の原産地まで繋がる大海原を想像させる物語が添えられている。

飲むと身体にゆっくりと染みて身体が目覚めていくのがわかる。口に含んだ瞬間は酸味を感じるが、香りや甘味が余韻として残る。

紺野「その日の朝の気温や雰囲気、お客様とのよもやま話のなかで感じた空気感をたよりに、挽き目や豆の量、抽出量、抽出スピードを変えてブレンドします。会話がなくても互いに何かを感じるときもあって、煎れる音とただよう香り、ゆったりと静かに流れる時間のなかにいると、コーヒーと朝市とは相性が良かったなと思います」


若い世代が紡ぐ朝市の伝統と文化

朝市で出会った人々との歴史を残せる「場」をつくりたいと立ち上げた「SPAiCE COFFEE HOUSE」は、勝浦ならではの良さや文化を残し、その世界感や雰囲気を体感できる店でありたいと、紺野さんは考えます。

紺野「勝浦の人達は情に厚いんです。それに、「なんでもやってみればいいよ!」と新しい考えを受け入れてくれる土壌もある。僕は、コーヒーとともに、朝市の人たちから教えてもらった情緒や優しさなどを伝えていきたい。でないと、中身のないものになってしまう気がして」

以前はバスツアーなど、時間に限りがある観光客がメインだったという勝浦朝市も、コロナ禍をへて、新しく移住してきた若い世代やカップルなどを中心に、ゆっくりと時間をすごしたいと考えるお客様が増えているそうです。

古き良き朝市を、新しい価値観と共に活かしながら未来に繋げていく。紺野さんをはじめ、若い世代がそれを担います。

次回、朝市を巡り、勝浦グルメを堪能します。

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