2022.11.17

千葉の落花生を未来につなぐ
九十九里浜育ちのピーナッツブランド

グルメ

太平洋を望む美しいロケーションと温暖な気候、千葉県でも有数の耕作地帯である旭市に広がる九十九里浜沿いに、その、とびきりおいしい落花生は育っています。

砂まじりの地質は作物が根を張るには過酷な環境。塩害にも曝されるため収穫量は望めませんが、その分、太陽の恵みをいっぱいに浴びた苗からは、タフで良質、旨みがたっぷり詰まった希少なピーナッツが採れるのです。

そんな旭市で2015年にピーナッツブランド「Bocchi」を立ち上げたのが、地元で食品加工業セガワを営む三代目の加瀬宏行さん。自らも落花生を栽培し、開発、加工、ブランディングまでを一貫して手掛け、千葉県の落花生産業を次世代へとつなぎ裾野を広げる活動をしています。


ブランド名「Bocchi」は生産者へのリスペクト

耕作放棄地を耕しはじめて8年目。畑は4か所、面積はぜんぶで12反歩(3600坪)ほど。毎年1か所の畑を順番に休ませ、連作障害を予防します。

そこかしこに葉を食べるコガネムシ用の罠が仕掛けられた600坪ほどの畑には、ゆで落花生にして出荷する「郷の香(さとのか)」と、乾燥させて剥き身や甘納豆に加工する「おおまさり」の2種類が植わっています。
収穫量は生落花生で400kg、乾燥用で約300㎏です。有機栽培のため慣行栽培と比べて収穫量が少なくなってしまいます。種まきの時期には鳥に啄まれないようにテグスを張りめぐらせ、毎日の草取りも欠かせませんが、薬品を使わず自然で育ったピーナッツは剥き身が美しいピンク色になります。

温暖な浜沿いに育つ旭市のピーナッツは収穫時期がはやく初物としても人気。
その出荷を、今か今かと待ちわびている人も多いのだとか。

加瀬「落花生は不思議な植物で、受粉した花の茎の根元部分(子房柄)が土に向かって伸び、そのまま潜って土のなかに実(落花生)ができます。よかったら抜いてみませんか。へその下に苗がくる感じで跨いで、手繰り寄せるようにして引き抜いてみてください」

落花生の花。受粉すると花の根元部分が土へ向かってもぐり実ができる。

写真は「郷の香」。根が深くないため、あまり力を入れなくともスポンと抜けた。

収穫した落花生は荒乾燥として、根元を上にして寄せ集め「地干し」を1週間ほど行い、さらにその後に「らっかぼっち」と呼ばれる野積みを1カ月ほど行ってじっくりと乾燥させます。この手間暇をかけることで落花生本来の甘さを引き出すことができるのです。これは効率を優先した機械による温風乾燥では再現できない味だそう。ブランド名の「Bocchi」は、この“らっかぼっち”に由来しており、落花生を手塩にかけて育ててくれた農家さんへのリスペクトが込められています。

秋の風物詩の「らっかぼっち」。
畑から引き抜いた落花生の株をひとつずつ円状に積み上げ、太平洋から吹き付ける海風で1か月ほど乾燥させる。


食卓にいつもピーナッツがある風景を

加瀬「加工屋目線で見られたのが幸いしたかもしれません。落花生は季節ものでお歳暮や節分など3~4ヶ月の商売です。シーズンオフが長く、これでは経済的に難しい。素晴らしい素材を扱っているのにもったいない。そこでオリジナル商品をつくってみようと思いたちました」

落花生の価値を高めたかった加瀬さんは、東京中のパン屋さんを巡りマーケティングを開始。その過程で、とあるベーカリーシェフに、持参したピーナッツバターを試食してもらったところ「美味しいんだけど日本人の朝食には、このピーナッツバターでは舌ざわりが重い」と言われ衝撃をうけることになります。

味蕾が繊細な日本人には、朝食に欧米風のガッツリとしたピーナッツバターを出されても、舌触りが重くて食べづらいのだと気が付き、このアドバイスをもとに、原材料を千葉県産ピーナッツ、北海道産のてん菜、旭市産の天然塩などに絞ります。さらに、口のなかで“もたつき”を感じないよう焙煎や挽き方に改良を加え、とろりとなめらかで、優しく甘さや旨みがひろがるピーナッツペーストを誕生させました。

加瀬「パッケージは、食卓に馴染むような明るく可愛らしいデザインにこだわりました。大きさは手のひらサイズで持ち運びしやすくすることで、大きな袋や瓶にドサッと入った昔ながらの落花生の無造作なイメージを払拭したかったんです」

写真左から、「畑で採れたピーナッツのあんこ」、「畑で採れたピーナッツペースト 加糖つぶ無し」、
「畑で採れたピーナッツペースト 加糖粒入り」「畑で採れたピーナッツペースト 砂糖不使用」


新しい農業スタイルと落花生栽培の可能性

出来上がった商品を携えて東京に通う毎日でしたが、やがて「Bocchi」のピーナッツペーストは、素材や製法にこだわるベーカリーやホテル、カフェ、百貨店などから引き合いを受けるようになります。

東京・六本木のけやき坂にあるブーランジェリー「bricolage bread & co.」(写真左)や、
中川政七商店(写真右は、中川政七商店 渋谷店)でも発売中。※取り扱い状況は変動します。

加瀬「感謝の気持ちを込めて、収穫の季節にお得意様を畑にご招待したところ、こちらが感激するほど落花生や地魚料理を喜んでくださって、旭の価値ってこれなのだと気が付きました。住んでいると地元の良さって気が付かないものですよね」

そこで2019年の春からは、近隣の方々を招待した種まきと収穫イベント「野積祭(のづみさい)」を始め、現在はInstagramやチケットサイトなどを通して県内外からも参加者が集います。また、旭近郊の出店者を募り「Bocchiツキ市」と銘打った市にて、ピーナッツを使ったフードメニューやワークショップを開催するなど、あらためて旭の落花生の美味しさや楽しさを伝える活動もしています。

春と夏に開催される「野積祭」。加瀬さんのピーナッツ畑で種まき体験ができる。

もともと開催していた工場直売会。名称を改め2022年から「Bocchi ツキ市」に。

市の他にワークショップや焙煎工場の見学など、子どもから大人まで楽しめる催しも開催。Bocchiスタッフとユーザーの交流の場になっている。

しかし残念なことに、落花生の国内生産量の約8割を占める千葉県でも、年々、生産者は減少傾向にあるといいます。その一方で加瀬さんは、落花生栽培が新しい農業やライフスタイルと相性が良いのではないかと感じています。

加瀬「落花生は大根やキャベツにくらべると重さがありませんし、保存もきくし加工も楽です。時間や体力がある若い生産者さんは年に2回作物を栽培できますが、半農半Xな生活を送りたい方、リタイアして悠々自適に暮らしたい方などは年1回の収穫で充分。二足草鞋が可能なのが落花生栽培なんです」

もちろん協力を惜しみません。加瀬さんは、落花生栽培をはじめたい人に、種を無利子で貸し出す他、栽培のノウハウの共有や機材の貸し出しなどの応援を考えています。さらには、頻発する大雨に備え、送風のみで追乾燥させる専用の小屋を建てるなど、落花生産業の将来をみすえた新しい試みにチャレンジしています。

「いい条件でしょう? これで落花生をやらない手はないと思いませんか(笑)」と加瀬さん。落花生栽培に携わる人が増えて、おいしい旭市のピーナッツが人と人、食と健康とを結ぶ新たな種となって芽吹く未来を期待してやみません。

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