2025.06.25
2018年から約3年間にわたりBWF男子シングルス世界ランキング1位に君臨するなど数々の偉業を成し遂げ、2024年に日本代表を引退。現役を続けながら新たに指導者としても歩みはじめた桃田賢斗選手。所属のNTT東日本バトミントン部はしばしばリソルの森で合宿を行うなど、当施設との縁も深いアスリートのひとりです。今回はリソルの森にあるグランピングエリア「グランヴォー スパ ヴィレッジ」を散策しながら、リラックスした雰囲気のなか、桃田さんならではの強さに対するアプローチを伺いました。
桃田賢斗さん
1994年9月1日生まれ。香川県三豊市出身。小学1年生の時に姉が所属していた三豊ジュニアの練習に参加したことをきっかけにバドミントンを始める。2012年世界ジュニア選手権で日本勢初の男子シングルス優勝を飾る。福島県立富岡高校卒業後はNTT東日本に入社。14年に日本代表としてトマス杯に出場し無敗で勝利。15年にはBWFスーパーシリーズの男子シングルスで日本人男子選手初の優勝。16年に世界ランキング2位となったが違法賭博により無期限出場停止処分に。17年の日本ランキングサーキット大会で優勝し復帰。18年9月には日本史上初となる男子シングルス世界ランキング1位になった。24年に日本代表引退。現役は続行し後輩指導や競技普及などに力を入れる。
中学あたりで自分はシングルスにむいているなと思いました。負けず嫌いすぎるところがあるんでしょうね。勝ちに徹すれば徹するほど、負けたら自分もパートナーも許せなくなってしまうタイプなので(笑)。だからシングルがいい。ぜんぶ自己責任ですから。
それは女子の活躍がめざましいから(笑)。多分それで女子の○○ペアといった言葉を目にすることが多いのかも知れません。ラケット競技ですのでテクニックの部分も重要ですが、男子はまだまだ身長差やパワーの部分で世界に負けてしまうところもあります。
例えば、豪快なスマッシュの一撃はスゴイ迫力で、近くで聞くと爆発音のような音がします。シャトルの重さは5gしかないのですが、それをラケットで打った時のスピード感は海外勢に勝てない部分のひとつかなと感じます。
克服するためには強打だけではなく、柔らかいショットや相手の出方を探る駆け引きといった “読み”を駆使していきますが、日本人はそういう細かい技術が得意だと思いますし、パワーでは勝てなくてもスタミナでは上をいくこともあるので、試合時間が長ければ長くなるほど有利かなと思います。長いと90分くらい試合をするときもあるので、疲れが少しずつジャブのように効いてくる戦法をとるとかですね。
好奇心ですね。
どうやったらギリギリのところを狙う繊細なショットを打てるんだろう?とか、相手をよくよく観察する好奇心です。僕は中学校の時から高校生相手に練習する機会が多くて。身長差やパワーで勝てない相手に負けないためには、フェイントにかけるなどの技を磨かないと。そのために相手の苦手なショットや得意なパターンなどを観察することからはじめました。
そうです。もともと人間観察が好きで街ですれ違う人をみては「どんな職業でどういう人なんだろう?」とか、カップルが歩いていると「どんな関係なんだろう?」とか。バドミントン関係なく、ぜんぶひっくるめて知りたがりなのかも知れません。
もちろんアドバイスも聞きにいきます。自分がもっている情報を外に出して、新しい情報を吸収することが世界で勝負するときに大事かなと思います。
僕はなるべくなら“スマートに勝ちたい”と思うんです。ならば無駄な部分は何だろうと? それを排除していく感じです。例えば試合中の“力み”などでよけいなパワーを使ってしまうとか、フォームひとつでも必要以上に大きく動作すれば相手にバレてしまうでしょう。
筋肉つけすぎないように気を付けることかな。体幹や可動域をしっかり鍛えるとかは、どの競技も共通だと思いますが、身体が大きくなりすぎると俊敏性に欠けるし、筋肉がなさすぎるとパワー不足になるので、そういった意味で体重のバランスを保ちつづけるのは難しいかも知れません。栄養士さんやトレーナーの管理や指導のもと行いますが、基本的に自己管理で試していきます。
僕個人的には合宿しているような気分のほうが楽しくできますね。皆で一緒にご飯を食べてお風呂にはいって会話して。テント型施設でキャンプ合宿とか秘密基地感があって楽しいかも(笑)。
日本代表の強化練習は赤羽の「味の素ナショナルトレーニングセンター」で行うのですが、メインが屋内練習になるので、部屋と食堂と練習しての繰り返し。集中しなければならないときは3日くらい日をあびないときがあるんですよ。だんだん、元気がなくなってきて(笑)。
宿舎にいると、ずっと気持ちがオンになったままになってしまうので、もう少しリラックスできる環境がいいと思います。あるいはチームワークの結束を強くするようなイベントを計画するとか。選手達はうまく気持ちをリラックスさせるために外に出て好きなものを食べたり、買い物に行ったりしますが、後輩には、そういうオンオフの切り替えができる環境で練習してもらいたいですね。
体力の面では疲れがたまりやすくなっているのを感じますが、逆にメンタルな面は強くなったと感じます。集中力もしかりですね。バドミントンだけではなく様々な経験も積んできたなかで、自分のミスを許せるようになり試合中にリカバーできるようになりました。
自分(自分達)に期待しすぎたり、実力を大きく見積もりすぎたりするとマイナスの感情が出て来てしまう。自分を大きく考えるときは気持ちが減点式なんですよ。自分を出しきろうと思うと加点式になれる気がします。その方が目標はもちやすいしプレーも楽しくなる。“今のベストをだそう、これで負けたら仕方ない”と考えて、また練習を頑張ろうと前向きな気持ちになれる。
そういう気持ちになるのが遅かったなと思います。代表引退するくらいになってはじめて思いはじめたので。これが最後だから、もっているものを出しきればいいと思ったときに視野が広くなった感じです。
2020年の交通事故から復帰して練習を再開したときは、はやく戻さなきゃという気持ちがはやっていました。思うように成果がでないと、ああ駄目だとすぐに諦めてしまうところがあって、その頃からバドミントンが楽しめなくなっていました。
それに性格的に0か100かなんで、世界ランク1位をキープできないなら代表にいても仕方ないという思いがどこかにあり、そんなマイナスな気持ちでやり続けるよりもジュニアに指導する立場になれたらと思いました。まだ、動けるのでね。言葉だけでなく、コートに入って一緒にプレーすることで経験を伝えたいなと。
僕には僕のスタイルがあると思いますが、色々な方々に受けた言葉を自分の言葉にして伝えたりしています。
特に謹慎中のときに監督だった須賀監督にはバドミントンだけでなく人としてさまざまなことを教えていただき、須賀さんの人柄に影響を受けました。毎回、チームのプロフィールの「尊敬する人」の欄には須賀監督の名前を書きます。
プレー以前に、選手としての礼儀やコート以外での人の接し方などを重視していた方でした。オンとオフをはっきりさせる方でしたが、きつい言葉をかけてくるタイプではないんですよね。すごくエネルギッシュでポジティブ、疲れた顔をしているところを見たことがない方です。
僕、生まれは香川県なのですが、中学と高校は福島県(富岡第一中学校、県立富岡高校)なんです。寮生活をしていたのですが東日本大震災のときにはたまたま練習でインドネシアにいて。その時は誰とも連絡がとれず何がなんだか分からない感じで。
学校は原発から南に約10 キロに位置していたので、帰国してからは猪苗代でサテライト学校のような、違う学校の教室を借りて授業を受けるなど、学べる環境を整えていただいた方々に感謝しています。そこに対する思いもひとしおで第二の故郷のようなところです。
震災から13年たった今でもまだちゃんと生活できていない人も大勢います。バドミントンをやって結果を残すことで、感謝の気持ちと明るいニュースを少しでも提供できたらいいなと思っています。
はい。全国各地で体験教室を開催させていただいていて。バドミントン教室をはじめたことで、伝えるって、すごく難しいなと思いました。自分が何気なくやってきた練習をどう説明したら伝わるんだろうと。おかげさまで、自分の感覚を言葉にすることで、自分自身もプレーに対する理解が深まってきました。
教えちゃうのではなく”こっちぽいかもよ”とだけ言って自分で気づいてもらう、発見してもらうみたいなね。その子供なりのひらめきを大切にしてあげたいなと考えています。
僕の課題は小中学生と対峙したときにどうすれば仲良くしてもらえるかなという。そういう年頃だと、なかなか心を開いてくれない子もいますから。でも僕、多分、精神年齢一緒くらいなんで(笑)。とりつくろって接するよりは、自分らしく、同じ目線で一緒にバドミントンを楽しむくらいの気持ちがいいかなと。できればバドミントンだけでなく、他のことや運動すること全般に関われるのが理想ですよね。
今後ついては、ちょっと危惧する部分もあります。特に男子はレベルが低いと感じていて。全体的に世界のレベルが高くなってきているというのもあり、もっとジュニアの選手達(中学生)は、いろんな選手と触れ合って、バドミントンの面白さや深さに気づける機会があればいいと思います。素質はあるのに知識が無い選手もいますから。
今、後輩やジュニア選手達に指導する機会を設けていただいているので、それが良いきっかけのひとつになればいいなと。まずは、ジュニアの裾野を広げてバドミントン人口を増やすことが大事ですよね。母数が増えれば、それだけ強い選手も出てくると思いますし。
清々しい初夏の陽気にふさわしく、爽やかな笑顔と佇まいが印象的だった桃田選手。楽しそうにハンモックに寝そべったり、バレルサウナやグランピング施設を興味深そうに覗いてみたり。「バドミントンに必要なのは“好奇心”」をまさに体現するような人柄を垣間見られた取材となりました。バドミントンを愉しむことでプレーはプラス方向へと動く。そのしなやかな姿勢こそが、世界ナンバー1の強さを支える秘訣なのかも知れません。